|
国際ブックフェアも日曜日で終わってしまったのですが、行かれた方も結構いたと思います。
個人的には、Googleのブック検索(このブログにもリンクをつけてますが)がいちばん興味がもてましたが、買ってきた本は、能書きをたれるほどでもなく普通にどこででも売っている本でした。 そういえば、Googleが慶応大学の図書館と提携したというニュースが新聞の載っていたと、ふと思い出しました。 Googleとか慶応は後日またとして、先日やっとのことで、下流志向──学ばない子どもたち、働かない若者たち いつも、何冊かの本や雑誌を読み散らかしているため時間がかかってしまったのですが、これも面白かった。 最近はやっている下流関係の本が、統計データを基に読者を説得しようとしているのに対して、この本は、現代思想の研究家の本ですので、突込みや分析が深くて明晰で、結構考えさせられるものがありました。 本の本筋からはちと離れるのですが、読書とか本とかのことがいつも頭にある人間として、目を引いたのは、ほとんど最期のところにある、文化資本について語ったところです。 ノブレス・オブリージュ (noblesse oblige) という言葉があります。 この下流志向で語られている、文化資本も、「お育ちのよさ」とか「文化資本は所属階層を表示する」とかありますが、これってのは、戦後日本が一時の一億総中流の時に、いや、それ以前の進駐軍の政策で消滅してしまった、むかしの華族とかお公家さんとか財閥とか大地主とか、今の時代にセレブなんて言われている階層とは違って生まれた瞬間から、そうあらねばならぬという、オブリゲーションをともなった人たちだけが、持たざるを得ないものなのかもしれない。 この本で、「本を読まなくなったんじゃないですか」という発言で語られる本というのは、言うまでも無く、文化としての本であって、ハウツー本とかビジネス本でないのは、書いてあるとおりなのですが、では、どういう本かというと、読んでいないとそのソサイエティからはじかれるような本ではないかとおもう。 日本で言えば、源氏物語とか漱石、鴎外とかなんだろうし、漢籍の素養もないといけない。やまと言葉といえば、うたのひとつもひねれねばならない。 あちらでいえば、シェイクスピアとかパスカルとかデカルトとか、20世紀であれば、すくなくともプルーストかな。 時代によって作風は違うのでしょうけど、古典と呼ばれる種類の本が上の階層のひとは読んでいなければならない。 古典(クラシック)というのは、私など感違いしていましたが、古いものではなく、形が整っていて、その形とは、行動の規範としては、生まれたときから自らを律することを意識させられるとか、そのさせられるという中でこそ、自らのスタンスを確かなものとし、そのよってたつスタンダードから、適切な判断を下すようなものなのかなとも思います。 時々思うのですが、その行動が適切であったかどうかは別として、考え方として、三島なんてのは、それを求めていたのかななんて こんなことは、蛇足に過ぎないのですが、日本で、本当にノブレス・オブリージュを体現しているのは、陛下かななんて気もします (2007/7/10) テーマ:教育問題について考える - ジャンル:学校・教育 |
|
はじめまして
はじめまして
検索から来ました。 私も「下流志向」を昨日読み終わりました。 学力低下やニートの問題も そういうことだったのね!!と 内田先生の分析にかなり感動。 先生のほかの本も読んでみたいです。 文化
こんばんは。
内田先生、さすが現代思想の先生だけあって、分析が面白かったですよね。 三浦展さんの分析が、数字を基にねじ伏せる感じがあるのに対して、内田先生は、人のインナーなところが倒錯しているのが問題といっている。こういった分析ほしかったですよね。 ただ、三浦さんの「格差が遺伝する」でも本の最後のところで、「文化体験スクール」について語っている。 どちらの先生も今をときめく先生ですが、単にブームに乗っただけでなく、案外本質をつかんでいるのかも知れませんね。 |
|
|
|
教育、教育費のことについて、雑談的なこととか、新着のネタなどはこのブログに書いてきましたけど、結構ネタ的に多いのでそろそろ別のブログでやり始めようかと思っています。 このブログは、いつかも語ったと思うのですが、もともと、霞を食って生きている親父が本とか音 トレイン・アンド・ファミレス・ライブラリー【2007/07/18 01:08】
|
|
| ホーム |
|


